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福岡高等裁判所 昭和47年(う)412号 判決 1973年1月29日

本店所在地

福岡市中央区天神二丁目六番四一号

株式会社平和会館

右代表者代表取締役

岩崎一郎

本籍

佐賀県伊万里市松島町二五五番地

住居

福岡市博多区中洲四丁目六番一号

会社役員

岩崎一郎

明治三七年二月七日生

被告事件名

法人税法違反被告事件

原判決

昭和四七年七月一七日福岡地方裁判所言渡有罪

控訴申立人

被告人両名

出席検察官

検事 船津敏

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人両名の弁護人山本彦助提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断はつぎに示すとおりである。

一、控訴趣意第一(事実誤認)について

所論は、被告人会社の本件事業年度における実際の所得額は、確定申告所得額に追加申告額三、四五〇万円を加算した五、八八九万七、四四一円が正当額であるのに原判決は、薄弱な証拠により過大な認定をした事実誤認がある。すなわち原判決は、いわゆる財産法により本件事業年度における被告人会社の簿外所得金額を認定判示したが、財産法による所得推計の正確性は、期首財産の正確な把握に依存するものであるところ、原判決は、

(イ)  昭和三三年一〇月一三日被告人岩崎が、その所有にかかる宅地を代金二、六五〇万九、五〇〇円で大実産業株式会社に売却した事実、(ロ)同被告人の佐渡島匡男に対する約一、〇〇〇万円の貸付金を同三七年一一月から同三八年七月にかけて返済をうけた事実をいずれも看過しており、右金員が被告人会社設立後何らかの形でその財産に流入し、銀行に対する信用の獲得、保持のため、あたかも、会社の売上金のようにして被告人会社または被告人岩崎の架空名義預金口座に入金されているに拘わらず、これを算入しなかつただけでなく、損益法による試算ないしは同業種他法人との比較検討を試みることなく、漫然信憑性に乏しい横手春吉作成のメモを基礎とした所得計算をもつて補強となし所得額を算出した点において、事実誤認の違法があるというのである。

よつて審案するに、原判決表示の証拠を総合すると、被告人会社は、昭和三七年一一月一日肩書地に本店をおき、パチンコ遊戯場営業を目的とする、会社の発行する株式総数一、二〇〇株一株の額面金額五、〇〇〇円発行済株式総数額面株六〇〇株払込資本金三〇〇万円の株式会社であつて、代表取締役会長である被告人岩崎を中心としその一族および同被告人の縁故者で代表取締役社長である横手春吉とその一族等を株主、役員として構成する会社であるところ、形式上はともかく、実際には、被告人岩崎が大部分の資本を拠出し、経営上の実権を掌握する、事実上個人経営会社と大差のない同族会社であること、被告人岩崎は被告人会社の設立、開業に当り、これまで同被告人において経営したパチンコ営業の経験から、右営業が好、不況の浮き沈みの多い業種であることを熟知していたので、不況期に備え好況時に簿外預金をしようと企図し、会計事務担当者である同被告人の妻の妹山田久子に命じて毎日の売上高と景品の出品額いわゆる出血率を比較勘案して相当額の収入を前以つて除外し、残額のみをあたかも当日の真実の売上高のように仮装して、会社備付けの正規の伝票類や帳簿に記入し、隠匿した除外金は、翌日頃同被告人自ら、株式会社西日本相互銀行本店に持参して同行員田中昭也等を通じて木下隆一ほか二名の架空名義普通預金口座に預入れ、相当額に達すると一旦引出したうえ、別の前田司ほか一三名名義の架空名義定期預金に振替え預金する方法により、簿外預金を蓄積し、本件事業年度末における簿外金は、定期預金六、二〇二万八、五〇〇円、普通預金一四五万六、〇二六円および前田司名義定期預金解約利息相当額四万七、五〇〇円(未収入金)の合計六、三五三万二、〇二六円に達したが被告人会社はこれを秘匿し、前示備付帳簿等に基き、虚偽の所得額を記載した確定申告書を原判示の日に所轄税務署長に提出したこと、したがつて、被告人会社の設立時である昭和三七年一一月二日以降同三八年一〇月三一日までの本件第一期事業年度における事実の所得額は、被告人会社の提出した確定申告の額な、前示架空名義の定期預金、普通預金および未収入金額を加算し、原判決添付貸借対照表(定期預金、普通預金および未収入金以外の益金もしくは損金に属する各勘定科目の金額は、確定申告のとおりであつて、被告人らにおいて認めて争わないところである。)記載のとおり計算して算出した八、六五三万二、一六七円であり、所論のように確定申告所得額に追加申告所得額を加算した五、八八九万七、四四一円ではない事実を認定するに十分である。

もつとも所論は、原判決の依拠した財産法による推計計算の正確性は、期首財産の正確な把握に左右されるのに、原判決は前掲(イ)(ロ)の土地代金および貸金弁済金を考慮しなかつた旨主張するところ、原判決の判文とその挙示にかかる各証拠とを対比考察すると、原判決が本件において財産法による所得計算法を採用したと認められる点および財産法による所得の計算は、期首期末の財産の差額により算定するのであるから期首財産の評価、認定の正確性への依存度の大である点は、いずれも所論のとおりであり、また原審証人川合晃の証言によれば、被告人岩崎は、昭和三三年一〇月一三日福岡市中央区天神三丁目所在の土地八八・二九坪を代金二、六五〇万九、五〇〇円で大実産業株式会社に売却し同日内金五〇〇万円、同年一一月二〇日五〇〇万円、同月二四日一、六〇一万三、〇〇〇円および同月二七日四九万六、五〇〇円の各支払いをうけたというのであり、加えて、原審証人田辺弘一の証言中には、所論(ロ)の主張とほぼ同旨の供述部分も見受けられるのであるけれども、前者については、該代金が当時における同被告人個人の積極財産を構成したことは疑いないとしても、前示簿外預金に流入した事実は、認めるに足る証拠がないのみならず、そもそも本件事業年度の満四年前の支払金が、特別の事情もないのに、長年月後において、銀行に架空名義で預金されるという事態は、経済人に関する吾人の経験則ないしは経済法則に反し到底承認し難い事柄に属するから右土地代金弁済の事実をもつて前叙認定を覆えすことはできないし、また後者の点は、本件につき福岡国税局収税官吏が国税犯則嫌疑事件として関係者および関係書類帳簿を調査しその告発により引続き犯罪事件として検察庁において捜査した過程において、何人からもかつ一度たりとも主張されなかつた事実であるのに、原審公判の終盤に至つて突如として主張されたものであり、該事実に関する原審証人田辺弘一の前示供述も極めて曖昧模糊としていてたやすく措信し難く、その他に認めるような証拠はないので採用することができない。

更に所論は、原判決が損益法による試算や同業他法人との比較検討を怠つたし、あるいはいわゆる横手メモを証拠資料とした点を非難攻撃するのであるが、本件における簿外所得算出の根拠となる直接資料が、前記のように、所得の認定に容易で、確実性の度合いの高い定期預金、普通預金、利息である点および本件が会社創立後の第一期事業年度における所得で、前期との関連を考慮する必要がないという特色を有する点等をあわせ考えると、原判決のように財産法による所得の計算を行えば必要にして十分であつて、重ねて損益法による計算を併用しなければ、信用性において欠けるというものではなく、また、被告人会社の営業所が福岡市内はもとより九州地方随一の繁華街に存在し、本件事業年度中附近同業者がつぎつぎと相当期間にわたつて休業したため客が集中した事実および被告人会社株主に対する株式の配当率が第一期一〇割、第二期二〇割、第三期一五割という具合に創業草々から想像を絶する高率であつた事実など原判決挙示の証拠により認められる各事業に徴するときは、被告人会社の売上額およびパチンコ台一台当り利益率が、所論のように、仮りに同業他法人と比較して大であつて収益力が抜群であつたとしても、格別異とすべきではないから、原判決が所論の比較検討をしなかつたことに、何ら責むべき点はなく、むしろ不必要と認めて差支えがない。最後に、所論指摘の横手メモ(当庁昭和四七年押第八二号の四四)は、原審証人横手春吉の証言および同人の検察官に対する供述調書二通によれば、同人が自己の経験事実に即して記載した確実な証拠物と認められるので、所論のように信憑性に乏しいものではなく、これを証拠として採用しもしくは所得計算の基礎資料とするに何ら不都合はなく、押収してある空台帳三冊(前同号の九、三六、三七)および原審証人福島安成の供述と総合して考察すれば、本件事業年度における被告人会社の所得額に関する原判決の認定は、十分に裏付けられており、決して過大ではないと断言するも、過言ではない。

要するに、原判決に所論の審理不尽または理由不備の違法はなく、論旨は、すべて理由がない。

二、控訴趣意第二(法令の解釈適用の誤り)について

所論は、被告人会社は、昭和三九年一月四日第二期確定申告をなすに際し、本件第一期の不申告所得三、四五〇万円を追加申告したものであるところ、右は、被告人会社顧問税理士八山博を介し所轄税務署係官岡田一郎の指示に従つて自発的に行つた行為であるからその経緯に徴するときは、被告人会社には、虚偽申告の認識がなかつたというべく、仮りに不確定的犯意があつたとしても違法性が阻却されるので、無罪を言渡すべきであるのに、有罪を認定した原判決は、法令の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

しかし昭和四〇年法律三四号による改正前の法人税法四八条一項の罪は、法人税ほ脱の意図の下に、その手段として、詐偽その他不正の行為により国の租税請求権を侵害し適正に納付すべき法人税を免脱する所為を指称すると解すべきところ、前段説示のとおり、被告人岩崎は、被告人会社の業務に関し簿外預金により当然納付すべき法人税をほ脱しようと企て、隠し預金の預入、帳簿書類の虚偽記入により所得を秘匿したうえ確定申告期限内の昭和三八年一二月二八日所轄福岡税務署長に対し原判示のとおり被告人会社の内容虚偽の確定申告書を提出し、そのまま申告期限を徒過したものであるから、右期限経過と同時に法人税ほ脱罪が成立完成したと認めるのが相当であつて、たといその後において申告義務者からほ脱分に関する追加申告書ないし修正申告書が提出されたとしても、情状に関する資料としては格別、既に成立した犯罪の成否を左右し、その可罰性を遡及して消滅せしめるものではない。そして、原審証人八山博の証言によれば、昭和三九年一二月中頃同人が福岡税務署法人税課係長岡田一郎に申告洩れ所得の処理方法について、一般的抽象的な質問をしたところ、前期申告洩れ所得を当期雑収入として誤つた申告をしたとしても、当期所得額を減額更正し前期所得額を増額更正して加算税を徴収する取扱いをしない場合もありうるとの趣旨の回答を得た事実およびその後において被告人会社が同税理士の勧告により所論の追加申告書を提出した事実が認められるけれども、大蔵事務官のした右回答は、単純不申告を前提とする抽象的論議に過ぎないことは明らかであるから、それが、被告人会社の追加申告提出の動機となつたものと善解しても、本件のような確定的犯意に基く計画的犯罪行為の違法を阻却する事由となし難いことはいうまでもない。原判決に所論法令の解釈適用を誤つた違法の廉はなく、論旨は理由がない。

三、控訴趣意第三(量刑不当)について

所論は、被告人岩崎の無学、犯後の情況等の事情を考慮すると、被告人らに対する原判決の科刑は重きに失し、不当であるというのである。

しかし前叙のように被告人会社は被告人岩崎の周到綿密な計画の下に二、三六〇万九、四二〇円に及ぶ多額の法人税をほ脱したのであつて、本件事犯の罪質、被害の結果、納税の実情および本件犯行の社会的経済的影響等諸般の情状にかんがみるときは、所論の被告人らに有利な事情を十分に斟酌しても、被告人らに対する原判決の刑の量定は、まことに相当であつて、重きに過ぎるものではなく、これを不当とすべき事由は存しないので、論旨は理由がない。

四、よつて刑事訴訟法三九六条に則り本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村荘十郎 裁判官 真庭春夫 裁判官 仲江利政)

右は謄本である。

昭和四八年三月二二日

福岡高等検察庁

検察事務官 横手誠人

昭和四七年(う)第四一二号(ホ)

控訴趣意書

被告人 株式会社 平和会館

同 岩崎一郎

右の者らに対する法人税法違反被告事件の控訴趣意を左記の通り陳べます。

昭和四七年十月二六日

右弁護人 山本彦助

福岡高等裁判所

第三刑事部 御中

第一 原判決は事実の誤認があつてその誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

記録によれば

一、原判決は被告会社の実際所得は金八、六五三万二、一六七円であってこれに対する正当なる法人税額が金三、二四三万四、六一〇円であると認定しているが所得金額認定の証拠は極めて薄弱で事実に反し過大である。

二、本件除外所得金額の計算方法は財産法に拠っている。

即ち、被告会社と被告個人の本件事業年度始め(以下期首と称す)と事業年度終り(以下期末と称す)の財産を比較し、その増加額を以て所得とし、申告額との差額を除外所得金額とするのである。

財産法による課税所得の計算の正確性は期首の財産を如何に正確に把握するかに係っている。殊に個人財産については特別に記帳のある場合を除いて期首財産の把握は困難であり、その期首財産の把握度如何によって課税所得金額が正確にも又過大にも算定される結果となるのである。

本件について被告人が被告会社設立前に他に貸付けていた金員が本件事業年度中に弁済されてその入金によって被告人の預金が増加し、よって財産が増加しておれば、その事実を看過した財産法に拠る課税所得の計算は、事実に反して所得が過大に算定される結果となる。

三、被告人岩崎が被告会社設立前に国税局が把握したもの以外の手持金又は貸付金を有していたことを推認させる事実として次のものがある。

(イ) 昭和三三年十月一三日被告人が宅地を代金二六、五〇九、五〇〇円で大実産業株式会社に売却した事実。(証人川合晃の証言参照)

(ロ) 被告人が佐渡島匡男に対し約一、〇〇〇万円貸付けていたものを、昭和三七年十一月から同三八年七月にかけて四、五回に分けて返済を受けた事実(証人田辺弘一の証言参照)

四、前項の手持金又は貸付金は被告会社設立後、何らかの形で被告人の財産に流人しているのであり、被告人は被告会社設立に当り銀行の協力をえているのでその信用を保持するため、これらの金員を恰も被告会社の売上金の如く被告会社又は被告人の預金口座(架空名義)に入金しているのであって、被告人自身もその旨法廷で述べているのである。

五、財産法に拠る推計の場合は、その計算の適否を判断するため損益法に拠る計算及び同業種の法人との比較検討が必要であるが、本件について、それらの試みは行われず横手春吉作成のメモを基礎とした所得計算法が財産法の推計を補強するということで試みられているが、次に述べるとおりメモの信憑性に問題があり、本件財産法に拠る推計を補強する何ものも存在しない。

(イ) 横手春吉作成のメモは、本件事業年度の翌期である昭和三八年十一月九日より、同月二五日までの一七日間のもので、当メモに記載された売上除外金額が総額六〇七万円で一日当り平均約三五万円となっているのであるが、此の金額の信憑性については、横手梅子の証言の如く、パチンコ玉一ケ二円であったところから横手梅子が夫春吉に対し指の本数を以て売上除外金額を一本一〇万円として示したのを二〇万円と誤解してメモに記入した事実もあり、更に当メモ作成の動機、目的そのものが右横手春吉の退職金等を考えた点もあり、又、被告人に対する横手春吉の特殊の私情によっていた等の理由によって正確なものと云うことができない。

(ロ) メモ期間中の一日の平均売上除外金額が約三五万円とみて、それを一年間の日数に引きなおして除外売上一二七、一一二、六四八円であるとし、又メモ期間中の空台数を基準として空台数は売上に反比例するという仮説を立てて除外売上一一八、三四六、八九六円と計算しているが、原審認定事実による除外所得金額は六二、一三四、七二六円となって、右メモを基準とした金額の約半額となっておりメモの金額そのものが何等根拠のない証拠としての価値のないものであることを示している。

更に架空名義預金の入金の中から売上除外と目されるものを抽出して除外所得の推計を試みているが、これも結局一日当り平均三五万円除外という前記メモによる先入観を基にして、それに見合うような金額を抽出しているので、前述の如く被告会社の営業関係以外の入金が相当考えられるところから、これも亦何ら根拠のない推計と云うべきである。

六、被告人は銀行の信用を得るため、被告会社の営業に関係のない他の資金を預金に入金させる等の措置をとって来たため被告人自身も被告会社の本件事業年度の所得金額を把握しえないのであるが、当初の申告所得金額に前期修正額三、四五〇万円を加えると本件事業年度の所得として五八、八九七、四四一円となり、比の金額が被告会社の所得金額として真実に近いものと考えられる。

即ちパチンコ台一台当り年間利益五万円乃至六万円というのが当時のパチンコ業者の目標であったのであるが右修正後の所得金額によれば一台当り一一一、九五八円となり、これでもパチンコ業者の常識を超えた高額の所得金額となる。

福岡市における他の同業者との比較を試ると別表のとおりである。

これは福岡国税局の昭和四一年分の高額所得者名簿に公表されたもので、個人経営であるから、被告会社を個人経営に引きなおして比較したものである。

これによると此の業者のパチンコ台一台当り年間所得は三三、六八八円となり、被告会社の本件事業年度の所得を原審認定事実のとおりと仮定するなら一台当り実に一四八、二二九円と驚異的な金額になる。

申告所得金額のみによっても一台当り六六、六八二円となり、前述のとおり三、四五〇万円修正加算した所得金額によれば一台当り一一一、九五八円となる。

よって原審認定事実による被告会社の所得金額が如何に常識を外れた過大な金額であるかが明白となる。

七、被告人は、他のいずれの同業者にも劣らない申告をしたと信じており、同人の人柄も同業者間でその誠実さを認められているところであるので本件認定事実の如き多額の脱税を犯すことは到底考えられないところである。

八、福島証言中、西日本相互銀行への預金は平和会館の所有であるとおおまかに観たが、個人のものがあるかもしれない或は貸付金の返済があることも考えられる。更に又売上金の推定額が正しいという自信はない。又パチンコ台七六二台で公訴事実の所得は全国にその例がないというような証言があって数字に自信がないことが明らかである。

銀行の信用を得るための預金もあるのであるから損益法に力を入れるべきであるがそのことがない。

要するに前述の如く結局原審認定事実の数字は根拠がない。この数字、金額については原告官たる検察官側に立証責任ありと考えられるが、数字、金額を証明する帳簿もなく、又数字を証明する関係者の証言もない。かって終戦前後の統制経済時代の経済事犯については数字の算定にこの程度の証明の場合は無論無罪の判決があり検事も亦勇敢に起訴しなかったのであるが本件は徴税上の財産法をもって金額を認定しているが結果において非常識な数字が出ており何れにしても証明が充分でない。原審はこの点に事実誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第二、次に原判決は法令の解釈適用に誤りがあって、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

記録によれば、

昭和三九年一月四日被告会社が翌期の確定申告をなす際自発的に第一期の申告もれの修正額として金三、四五〇万円を翌期の雑収入金額に追加申告をしていることである。(別紙翌期確定申告書控参照)本件事業年度は被告会社の設立第一期であって同日翌事業年度の確定申告の際本件事業年度分の申告もれの修正額として所得金三、四五〇万円を翌期の所得金額に追加申告しているがその際これを雑収入として表示し翌期分のものでなく本件事業年度分であることを明示しかつ被告会社の顧問税理士である八山税理士より所轄税務署係官岡田一郎にその旨の了解を得ているのである。これは国税局の査察が着手される以前のことであり被告会社として全く自発的に行ったことである。(当時右八山は第一期の修正申告をしてもよい時期であるから修正申告をしようかと相談したが右係官はその必要はないと答えた。)

被告人は読み書きが出来ない為平素帳簿を記入したりメモをつけたりする人でない。第一期の申告当時自己の申告金額は他の同業者よりも税金を多く納めるのだと漫然考えながら八山税理士の作成した確定申告書に承認を与えたのであるが翌期の申告の際同税理士より第二期の所得から第一期所得を推論すると第一期において追加もれがあることゝなると言われて被告人岩崎はしからば追加申告をしてくれと答え結局において自発的に追加申告をしたことゝなるがこの間の前後の経過及筋合からすると第一期の場合において虚偽申告の認識があつたと断定することはいささか無理であって結局犯意がない。

仮に不確定的な犯意があったと仮定しても次期において自発的に追加申告をしたのであるから違法性を阻却するものと考えられる牧野刑法の言を借りれば公序良俗に反せず滝川刑法の言を借りるとすれば條理に反しないことゝなる最近の最高裁の判例中争議行為等について可罰的評価に値いしない場合があることが判示されているが本件は結局において非可罰的違法性に該当し違法性が阻却されることとなる。要するに罰するに忍びない場合に該当する原判決はこの意味において法令の解釈適用を誤りその誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第三 仮に事実誤認及法令の適用に誤りがないとしても原判決の刑は重きに失するものがある。

記録によれば、

一、前述の如く次の事業年度において自発的に金三、四五〇万円を追加申告していること(第一期の修正申告をしておれば本件告発はなかった筈である。)追加申告のことは第一審の福島証言及別紙第二期確定申告書控によっても明瞭であるが、この点は被告人らに有利に解釈して然るべきである。

二、被告人は読み書きが出来ないため帳簿類の記載が十分でなく従って記憶を辿るより外なく老令のため記憶もれが多く結局において数字の立証が困難であるが極めて仕事熱心で税金だけは他の同業者の人に負けず多く納めているのだという自負意識を持っていること。

三、更に又、防犯等に協力するという一面があること。

四、前科もなく改悛の情が顕著であること等を総合すると被告会社に罰金八〇〇万円の刑は全く重きに失するものがある。

よつて以上の理由により原判決は破棄さるべきものと思料します。

別表一

(1) 比較業者氏名 柴田豊司(個人経営、自己所有店舗)

屋号 赤玉パチンコ 東中洲

(2) 被告会社を個人経営と仮定するための修正

代表者給料(岩崎一郎分) 1,280,000円

〃(横手春吉分) 1,080,000

支払家賃(平和樓ビル) 17,650,000

支払利息(西日本相互銀行) 6,405,000

(平和楼ビルに借店舗の敷金として支払った65,000,000円に対する日歩2.7銭の365日分の利息)

計 26,415,000

これを法人所得に加算して比較すべきである。

<省略>

(註)比較業者は兼業として煙草販売も営んでいるので、その所得が幾分含まれているがパチンコの所得が総てとみなしても大差ないものと思料する。

別紙

自 昭和38年11月1日

至 昭和39年10月31日

事業年度の

法人税の確定申告書控

(注)控訴趣意書には上記確定申告書控、決算報告書、同科目明細書が添付されていたが、控訴趣意に関係する部分のみ掲載した。

昭和38年11月1日

昭和39年10月31日

間事業年度

第二期決算報告書

福岡市天神二丁目六番41号

株式会社 平和会館

貸借対照表

昭和39年10月31日現在

<省略>

損益計算書

自 昭和38年11月1日 至 昭和39年10月31日

<省略>

利益処分案

<省略>

貸倒損失の内訳書

<省略>

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